石狩市の整体Tsumugu|幼少期からの思考やからだの癖と、おとなになってからの不調をゆっくり見つめる

おとなになってからの不調をゆっくり見つめる
こどもの頃。
「我慢することで、自分を守ってきた」
「人の顔色を伺うことで、危険を避けてきた」
「相手の感情を深く考えることで、どうすれば大丈夫なのかを探してきた」
そんな経験をしてきた人もいるかもしれません。
その頃の自分にとっては、それが自分を守るために必要だった方法。
だから、決して「悪い癖」だったわけではないと思うのです。
でも、こどもの頃に身につけた考え方やからだの使い方が、長い時間をかけて今の自分にも残っていることがあります。
おとなになってからも、
「つい相手の顔色を気にしてしまう」
「嫌なことがあっても我慢してしまう」
「いつも自分より周りを優先してしまう」
「気づくとからだに力が入っている」
そんなことがあるなら、もしかするとこれまでの自分を守ってきた方法が、今も身についているのかもしれません。
幼少期に身についた思考の癖は、おとなになっても残ることがあります
こどもの頃は、自分の力だけでは環境を変えられないこともあります。
だからこそ、
「今はどうしたら怒られないかな」
「この人は今、どんな気持ちかな」
「こうしておけば大丈夫かな」
と、周りをよく見るようになることがあります。
我慢すること。
先回りして考えること。
人の気持ちを敏感に感じ取ること。
そうしたことが、自分を守るためのたいせつな方法になっていたのかもしれません。
そして、それが長い時間をかけて、自分の考え方の癖として身についていくこともあります。
おとなになった今は、もう同じ状況ではないのに、
「嫌と言えない」
「ついがんばってしまう」
「人の気持ちを優先してしまう」
「自分の気持ちより、相手がどう感じるかを考えてしまう」
そんな反応が出てくることもあります。
思考の癖は、からだの使い方にも表れることがある
こころとからだは、まったく別々のものではありません。
普段どんなことを考えているのか。
どんなふうに毎日を過ごしているのか。
からだをどんなふうに使っているのか。
そうした日々の積み重ねの中で、知らないうちにからだの使い方にも「いつものパターン」ができていることがあります。
たとえば、肩や首に力が入りやすい。
呼吸が浅くなっていることに気づきにくい。
からだをやすませることが苦手。
いつも同じ姿勢や動きになっている。
がんばるときに、からだ全体に力が入る。
もちろん、からだの不調には姿勢や生活習慣、運動量、睡眠など、さまざまな要素が関係するため、すべてを過去の経験と結びつける必要はありません。
ただ、
「わたしは昔から、こういうときに力が入りやすいな」
と自分のパターンに気づくことは、今の自分を知るひとつのきっかけになると思っています。
長年積み重ねてきた癖は、急いで変えなくてもいい
長い時間をかけて身についた思考やからだの使い方。
それを、
「今日から変えよう」
と思っても、なかなか思うようにはいかないことがあります。
それは、意志が弱いからでも、がんばりが足りないからでもありません。
これまで何度も繰り返してきたことだからこそ、今の自分にとっては「いつものこと」になっているのかもしれません。
だからTsumuguでは、無理に一気に変えようとはしません。
施術を受けて、
「なんだかすこしからだが軽いな」
と感じる。
その変化を日常の中で過ごしてみる。
またいつもの状態に戻ったことに気づく。
そして、またすこし変化を感じる。
そんなふうに、自分のからだの変化を感じながら、すこしずつなじませていくことをたいせつにしています。
からだの変化にも、自分のペースがあります
からだが変化していくとき、いつも順調に変わっていくとは限りません。
調子がいい日もあれば、
「今日はなんだか力が入っているな」
と感じる日もある。
「前よりすこし楽かもしれない」
と思ったあとに、また以前のように感じることもある。
でも、そんな波があることも含めて、自分のからだを知っていくことがたいせつなのではないかなと思っています。
一気に大きく変えるのではなく、ちいさな変化を感じる。
その変化をからだになじませる。
また日常を過ごしてみる。
そして、次の変化に気づく。
そんな時間を重ねながら、すこしずつ自分に合った状態を見つけていけたらと思っています。
からだが変化すると、昔の自分を思い出すことも
からだやこころにゆっくり目を向けていく中で、ふと昔の出来事を思い出すことがあります。
「あの頃、こんなことを感じていたな」
「そういえば、あのときも我慢していたな」
「いつも相手の顔色を見ていたな」
そんなふうに、こどもの頃の自分を思い出すこともあるかもしれません。
それは、必ずしも何かを掘り起こさなければいけないということではありません。
思い出したときには、
「あの頃の私は、あの頃なりにがんばっていたんだな」
と、すこし離れたところから見てあげる。
そんな時間があってもいいのだと思います。
「あの頃の自分も、自分を守っていたんだ」と思えたら
こどもの頃の自分が、我慢することで自分を守っていた。
人の顔色を見ることで、安心できる場所を探していた。
相手の感情を深く考えることで、どうしたら大丈夫なのかを一生懸命考えていた。
そう考えると、今まで「どうしてわたしはこうなんだろう」と思っていたことも、すこし違って見えてくるかもしれません。
「あの頃のわたしも、一生懸命だったんだな」
「自分を守るために、がんばっていたんだな」
そんなふうに感じられたら。
過去の自分を責めるのではなく、すこしやさしく見てあげる。
それだけでも、自分自身との付き合い方がすこし変わることがあります。
過去の自分も、今の自分もたいせつにしながら
Tsumuguがたいせつにしているのは、過去の自分を無理に変えることではありません。
これまでの自分が身につけてきたものを知り、今の自分のからだやこころを感じ、
「これからは、どんなふうに過ごしていきたいかな」
と、すこしずつ選んでいくこと。
過去の自分。
今の自分。
そして、これからの自分。
どれかひとつを否定するのではなく、すべてをつなげながら、その人らしい未来へつむいでいけたらと思っています。
石狩市で、こころとからだをゆっくり見つめたい方へ
長年感じているからだの不調や、いつの間にか身についた思考やからだの使い方。
すぐに変わらなくても大丈夫です。
「今のわたしのからだは、どんな感じかな?」
そんなところから、すこしずつ自分を知っていく。
そして、ちいさな変化を感じながら、自分のペースで日々を過ごしていく。
Tsumuguは、そんな時間を一緒につくっていける場所でありたいと思っています。
もし、ふと昔の自分を思い出したときには、
「そんな自分もいたんだな」
「そのときのわたしも、がんばって自分自身を守っていたんだな」
と、すこしやさしく声をかけてあげてくださいね。
今のあなたにつながっている、これまでの時間もたいせつにしながら。
こころとからだの声を感じて、自分らしいこれからへ。
すこしずつ、つむいでいけますように🌿
さいごまでお読みいただき、ありがとうございます。

