mumiのつぶやき

石狩市の女性整体|がんばりすぎるママへ。「こうあるべき」を手放して自分をたいせつにする

mumiota

「言わなくても気づいてよ」を手放したら

今朝、旦那から

「こどもの授業参観、よろしくね!ありがとう」

と言われて、はっとした。

仕事の合間を抜けて、授業参観に行くこと。

その大変さもわかったうえで、「ありがとう」と言ってくれたこと。

なんだか、すごくうれしかった。

そして、その言葉を聞きながら、5年前の自分のことを思い出しました。

子育ても家事も「全部、自分がやらなきゃ」と思っていた

5年前のわたしは、授業参観も、こどもの発熱の対応も、全部ひとりでやらなきゃいけないと思っていました。

「代わりに行ってくれる?」

そんなことを聞いたこともなかった。

自分でやることを決めて、自分で抱えて、自分でがんばる。

そのくせ、

「こんなにがんばっているのに」

「こんなことも全部ひとりでやっているのに」

と、旦那には気づいてほしかった。

「言わなくても気づいてよ」

そんな気持ちを抱えたまま、何もしない旦那にストレスを感じていました。

でも今思えば、言葉にしなければ、伝わらないことってたくさんあるんですよね。

「わたしはこの家の家政婦なのかな」と思ったことも

そんなすれ違いが続いて、

「わたしはこの家の家政婦なのかな」

「もう、ここにいたくない」

そんなふうに思うようになりました。

何もする気になれなくなって、そこからわたしが外に飛び出すように選んだのが、道外への研修でした。

もちろん、自分の学びのためでもありました。

でも、こころのどこかには、

「家事をしながら、こどものお世話をして、仕事もする毎日がどれだけ大変なのか、一度わかればいい」

そんな気持ちもあったと思います。

今思えば、それくらいわたしは疲れていたのかもしれません。

旦那は「自分ができる範囲」で暮らしていた

そして、研修に行って、旦那が家事やこどものことをしている様子を見ていると、

「あれ?」

と思うことがありました。

旦那は、旦那なりにやっていたんです。

掃除機は毎日かけない。

おもちゃが散らかっていても、そんなに気にしない。

洗濯物だって、毎日しなくてもいい。

ご飯も、食べられればそれでいい。

わたしは、

「わたしと同じようにやってみればいい」

と思っていた。

でも旦那は、

「自分が無理なくできる範囲でやる」

という選択をしていたんですよね。

その姿を見て、ようやく気づきました。

わたしが求めていたのは、「普通の家事」ではなく、自分の能力以上の完璧だったんだ。

わたしが自分に求めていた「完璧なママ」

家の中はいつもきれい。

洗濯物は溜めない。

ご飯は、お味噌汁に主菜、副菜。

家族のことをちゃんと考えて、仕事もして。

それでいて、いつも笑顔でかわいらしいママ。

そんな、

「母親はこうあるべき」

「妻はこうあるべき」

「女性はこうあるべき」

という理想の自分を、ずっと追いかけていたんだと思います。

できない自分にいらいらして。

そのいらいらを、こどもたちにぶつけてしまう。

「何もわかってくれない」と決めつけて、旦那にもどんどん無関心になっていく。

でも、一番変わらなければいけなかったのは、旦那でもなく、こどもたちでもなく、自分自身だったんですよね。

「ほんとうは、わたしはどうしたい?」と考えてみた

完璧な母親。

完璧な妻。

完璧な女性。

そんな自分を、すこしずつ手放していきました。

すると、

「ほんとうは、わたしはどうしたい?」

という気持ちが、すこしずつ見えてきたんです。

片づけるのは嫌い。

だったら、こどもたちでも片づけられる仕組みにしてみよう。

料理は、できるだけ簡単にしたい。
自分が食べたいものを食べたい。

洗濯物を畳むのはいいけれど、干すのは嫌い。

だったら、洗濯は旦那とこどもたちの担当にしよう。

ご飯だって、お味噌汁に野菜を入れて、おかずに緑・赤・黄色の3色が入っていればOK。

「これでいい」

を、自分に許していきました。

「自分が楽になるには?」を優先してみる

そうしたら、わたしがやる家事はずいぶん減りました。

食事づくりに関わることと、掃除機をかけること。

掃除機をかけるとき、床に落ちているものは容赦なく捨てる。

それくらい、自分がストレスを感じない方法に変えていきました。

以前のわたしは、

「家族のために、ちゃんとしなきゃ」

を優先していた。

でもすこしずつ、

「わたしはどうしたら、もっと楽に暮らせる?」

を考えるようになったんです。

これは、自分勝手になることとは違いました。

自分が無理をしすぎない方法を見つけることで、家族との時間にも変化が生まれていったからです。

こころとからだに、すこしずつ余裕が生まれた

やりたくないこと。

できないこと。

ストレスに感じること。

そんなものをすこしずつ手放していくと、からだにもこころにも、余裕が生まれてきました。

こどもたちと笑い合う時間が増えた。

旦那と話すことも増えた。

以前よりも、家族と一緒にいる時間を心地よく感じられるようになりました。

もちろん、今でもいらいらすることはあります。

いつも穏やかでいられるわけではありません。

でも、

「こうあるべき」

という自分に追い立てられることが、すこしずつ減っていったんです。

「言わなくても気づいてよ」は、言葉にしていい

振り返ってみると、わたしを苦しめていたもののひとつは、

「言わなくても気づいてよ」

という気持ちを、ずっと言葉にしなかったことだったんだと思います。

ほんとうは、

「今日は仕事があるから、授業参観に行くのがちょっと大変なんだ」

「洗濯を干すのが苦手だから、お願いしたい」

「今日はご飯を作る気力がない」

「すこしひとりの時間がほしい」

そう言ってよかった。

相手に気づいてもらうことを待つのではなく、自分の気持ちや希望を言葉にする。

それだけでも、家族との関係はすこしずつ変わっていくのかもしれません。

がんばりすぎていると、からだのサインにも気づきにくくなる

そしてもうひとつ、今のわたしがたいせつにしていることがあります。

それは、からだやこころから出ているちいさなサインに気づくこと。

自分に完璧を求めすぎて、できること以上に頑張り続けて。

我慢して、我慢して。

そのうち、こころもからだも
「もうすこしやすんで」
と伝えてくれていたのかもしれません。

でも、その頃のわたしは、そのサインに気づかないふりをしていました。

「まだがんばれる」

「これくらい普通」

「みんなやっている」

そうやって、自分のことを後回しにしていました。

繰り返す不調があるとき、自分の暮らしを見つめてみる

もし今、同じような不調を繰り返している。

いつもからだに力が入っている。

疲れているのに、なかなかやすめない。

いらいらすることが増えた。

家族に優しくしたいのに、余裕がない。

そんなことがあるなら、

「わたし、すこしがんばりすぎていないかな?」

と、自分に問いかけてみてほしいと思います。

不調には、さまざまな要因があります。

だから、すべてを「がんばりすぎが原因」と考える必要はありません。

ただ、その不調をきっかけに、

「今のわたしの暮らしは無理をしていないかな?」

「ほんとうは、何を手放したい?」

「どうしたら、もうすこし楽に過ごせる?」

と、自分自身を見つめ直してみる。

それは、自分をたいせつにするためのちいさな一歩になるかもしれません。

完璧じゃなくても、家族との時間はつくれる

わたしは以前、

「ちゃんと家事をしなきゃ」

「ちゃんと母親でいなきゃ」

「いつも笑顔でいなきゃ」

と思っていました。

でも、全部できなくてもいい。

家がすこしくらい散らかっていてもいい。

簡単なご飯でもいい。

洗濯物がすこしくらい溜まってもいい。

今日は何もしたくない、そんな日があってもいい。

そうやって「こうあるべき」をすこしずつ手放したら、家事を完璧にすることよりも、こどもたちと笑っている時間や、旦那と話す時間のほうがずっとたいせつだったことに気づきました。

「誰かのために」がんばる前に、「自分のために」立ち止まる

今朝の、「授業参観、よろしくね。ありがとう」

という旦那の言葉。

その一言を聞いて、あの頃のわたしにも、今のわたしを見せてあげたいなと思いました。

あんなにがんばらなくてもいいよ。

ちゃんと、気持ちを言葉にして伝えていい。

できないことは、誰かにお願いしていい。

やりたくないことは、やらない方法を探していい。

そして、自分の「こうしたい」をもっとたいせつにしていいんだよ。

Tsumuguは、がんばる女性が自分のことを後回しにせず、こころとからだのちいさな変化に気づき、自分をたいせつにする時間を持てる。

そんな場所でありたいと思っています🌿

「誰かのために」がんばる毎日の中に、「自分のために」立ち止まる時間を。

こころとからだの土台を整えながら、自分らしい毎日を一緒につむいでいきます🤲

さいごまでお読みいただき、ありがとうございます。

ABOUT ME
mumi
mumi
理学療法士
“なんでも自分でやらなきゃ!”と無理に笑って、がんばりすぎて、きづけばこころもからだも限界に…。ささいなことにも、すぐいらいらしてしまっていた。“ほんとは笑顔でこどもたちと過ごしたい”。その想いから、無理する自分をすこしづつ解放し、楽に、心地よく、自分らしく生きることをたいせつにしてきた。こころとからだの土台を整えて、こころからのやさしい笑顔でいられる自分になる。自分を好きになるために、こころとからだの声に耳を傾け、心地いい自分でいられるためにたいせつな想いをブログに紡いでいく。
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