mumiのつぶやき

【親子関係・生きづらさ】人の顔色を気にしてしまうのはなぜ?|発達性トラウマと幼少期の親子関係/石狩市

mumiota

「なんでこんなに気を遣ってしまうんだろう」

✔ 人の顔色を気にしてしまう
✔ 嫌と言えない
✔ がんばりすぎてしまう
✔ やすむことに罪悪感がある
✔ こどもにいらいらしたあと自己嫌悪になる
✔ “ちゃんとしなきゃ”が止まらない

そんなふうに感じることはありませんか?

もしかするとその苦しさは、“今のあなたがだめだから”ではないのです。

幼い頃の親子関係の中で、「安心するより、気を張ること」を覚えてきたのかもしれない。

発達性トラウマとは?

発達性トラウマとは、こどもの頃に、

  • 安心できなかった
  • 怖かった
  • 気を遣い続けていた
  • 否定されることが多かった
  • 甘えられなかった

そんな体験が積み重なることで、神経系が“ずっと緊張した状態”になってしまうことを指します。

おおきなトラウマだけではない

トラウマというと、虐待やおおきな出来事をイメージしやすいですが。

発達性トラウマは、“ちいさな我慢の積み重ね”でも起こることがあります。

例えば、

  • 親の機嫌を伺う
  • 泣かないように我慢する
  • いい子でいる
  • 怒られないようにする
  • 自分の気持ちを飲み込む

そんな状態が続くと、神経はすこしずつ、

「安心してはいけない」

「気を張っていないと危険」

と覚えていくんだよね。

おとなになってから現れる“生きづらさ”

こどもの頃は、それが当たり前だったから。

自分では気づかないまま、おとなになることもすくなくありません。

でも、おとなになってから。

  • 人の顔色を気にする
  • 自分を責める
  • がんばりすぎる
  • やすめない
  • 呼吸が浅い
  • 力が抜けない
  • 感情が不安定
  • いつも疲れている

そんな形で、こころやからだに現れてくることがあります。

子育てをきっかけに、自分の幼少期に気づくこともある

こどもを育てていると。

「なんでこんなにいらいらするんだろう」

「どうして余裕がなくなるんだろう」

そんなふうに感じることがあるかもしれません。

そして、こどもに感情的になってしまった時。

ふと、“幼い頃の自分”を思い出すことがあるんだよね。

  • わかってほしかった
  • 甘えたかった
  • 安心したかった
  • ほんとうはさみしかった

そんな、ずっと置き去りにしてきた気持ちに。

子育てを通して、初めて気づく女性もすくなくありません。

親を責めるためではなく、「自分を知る」ために

発達性トラウマを知ることは、

“親が悪い”

と責めるためではありません。

あの頃の自分は、その環境の中で一生懸命に生きてきた。

その結果として、今の「がんばりすぎる癖」や、「気を遣いすぎる癖」があるだけ。

そうやって、自分を理解していくことが、とてもたいせつなんだよね。

「安心を増やす」

発達性トラウマでたいせつなのは、“悪いところを治す”よりも、「安心できる体験を増やしていくこと」

だと言われています。

  • 深く呼吸できた
  • 力が抜けた
  • わかってもらえた
  • 安心して泣けた
  • やさしく触れられてほっとした

そんなちいさな安心の積み重ねが。

すこしずつ、こころとからだを整えてくれるんだよね。

がんばり続けてきたあなたへ

ずっと気を張って生きてきた人ほど。

「安心すること」

が、わからなくなっていることがあります。

だからこそ。

まずは、“疲れていたんだね”と、自分自身に気づいてあげてください。

安心できる場所で。

深く呼吸ができること。

力を抜けること。

それだけでも、こころとからだはすこしずつ変わっていくのかもしれません🌿

さいごまでお読みいただき、ありがとうございます。

ABOUT ME
mumi
mumi
理学療法士
“なんでも自分でやらなきゃ!”と無理に笑って、がんばりすぎて、きづけばこころもからだも限界に…。ささいなことにも、すぐいらいらしてしまっていた。“ほんとは笑顔でこどもたちと過ごしたい”。その想いから、無理する自分をすこしづつ解放し、楽に、心地よく、自分らしく生きることをたいせつにしてきた。こころとからだの土台を整えて、こころからのやさしい笑顔でいられる自分になる。自分を好きになるために、こころとからだの声に耳を傾け、心地いい自分でいられるためにたいせつな想いをブログに紡いでいく。
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