【こどもの発達が気になるお母さんへ】「できない」がつらかったのは、こどもではなくわたしだった/石狩市

「どうしてできないの?」と思っていたのは、こどもではなくわたし自身
長男がちいさかった頃。
わたしは、こどもの成長をまるで「親としてのわたしの評価」のように感じていました。
寝返りが遅い。
離乳食が進まない。
夜泣きが続く。
そのたびに、
「どうしてできないんだろう。」
そんな気持ちになっていました。
でも今振り返ると、ほんとうに苦しかったのは、こどもではなくわたし自身だったのだと思います。
「できないこと」を指摘されるたびに、自分が否定された気持ちになっていた
周りの人は、悪気なく言います。
「まだ寝返りしないの?」
「離乳食は食べる?」
「うちの子はもう歩いていたよ。」
その言葉を聞くたびに、胸がぎゅっと苦しくなりました。
まるで、
「あなたの育て方が悪いんじゃない?」
そう言われているように感じてしまっていたんです。
ほんとうは誰もそんなことは言っていないのに。
わたしのこころに余裕がなかったから、すべてが責められているように聞こえていました。
こどもの成長を「親の成績表」にしてしまっていた
初めての育児は、正解がありません。
だからこそ、
「ちゃんと育っているかな。」
「わたしの関わり方で大丈夫かな。」
そんな不安がいつも隣にありました。
そしていつしか、こどもの「できる・できない」が、親であるわたしの価値を決める物差しのようになっていました。
できれば安心。
できなければ不安。
そんな毎日を繰り返していたのです。
理学療法士でも、不安になる
わたしは理学療法士として、発達について学んできました。
だからこそ、「標準的な発達」を知っています。
でも、知識があったから安心だったわけではありません。
むしろ、
「この時期ならできるはず。」
という知識が、自分を苦しめることもありました。
頭では分かっていても、母親になると冷静ではいられない。
それだけ、わが子をたいせつに思っていたのだと思います。
4人のこどもを育てて、ようやく分かったこと
今は4人のこどもたちを育てています。
同じ親から生まれても、発達のスピードも、性格も、得意なことも、苦手なことも、みんな違います。
だから今なら言えます。
こどもは、親の物差しで育つのではなく、その子自身の時間で育っている。
早いからすごい。
遅いから心配。
そんな単純なものではないのだと感じています。
お母さんが安心すると、「見え方」が変わる
わたしは今、理学療法士として、そして東洋医学を学ぶ中で、
「こころとからだはつながっている」
ということを、日々実感しています。
お母さんが不安でいっぱいだと、どうしても「できないこと」に目が向いてしまいます。
でも、すこし肩の力を抜いて、深呼吸ができるようになると、不思議なくらい、
「昨日より笑うようになったな。」
「こんなことが好きなんだ。」
そんな、ちいさな成長にも気づけるようになります。
こどもは変わっていなくても、お母さんの見える景色が変わるのです。
Tsumuguが届けたいこと
わたしは、こどもの発達を整えることだけを目指しているわけではありません。
その子を一番近くで見守る、お母さんのこころを整えたい。
「できない。」
ではなく、
「この子らしいね。」
そう思えるこころの余白を、一緒に育てていきたい。
それが、Tsumuguでたいせつにしている想いです。
おわりに
こどもは、親の評価ではありません。
そして、お母さんも、こどもの成長で価値が決まる存在ではありません。
だから今日だけは、こどもの「できない」を探すのではなく、昨日よりすこし成長したことを、一つ見つけてみませんか。
そして、お母さん自身にも、
「今日もよくがんばったね。」
そう声をかけてあげてください。
こどもが自分のペースで育つように、お母さんにも、お母さんのペースがあります。
Tsumuguは、その歩みを、そっと見守れる場所でありたいと思っています。🌿
さいごまでお読みいただき、ありがとうございます。

