人の感情を受け取りすぎて疲れるあなたへ|共感力が高い人が自分のこころを守る方法/石狩市

人の感情を受け取りすぎて疲れるあなたへ
人と話していると、相手の気持ちが自分のことのように感じてしまう。
誰かが悲しんでいると、自分まで悲しくなる。
誰かが怒っていると、どうして怒っているのか気になってしまう。
相手が不安そうにしていると、その不安まで自分の中に入ってくるような感覚がある。
そんなことはありませんか?
相手の気持ちを感じ取れることは、とても素敵な力です。
「共感力がある」
「感受性が豊か」
「人の気持ちをよく理解できる」
そんなふうに、周りから喜ばれることも多いかもしれません。
でも、その力が必要以上に働いてしまうと、自分でも気づかないうちに、こころが疲れてしまうことがあります。
共感力が高い人ほど、人の感情を抱え込んでしまうことがある
誰かが悲しんでいる。
だから、そばにいる自分も悲しくなる。
誰かが怒っている。
だから、その怒りをどうにかしようとする。
誰かが不安になっている。
だから、「大丈夫かな」とずっと考えてしまう。
相手の感情を感じ取ることができるからこそ、その人の気持ちをなんとかしてあげたくなる。
そんな優しさを持っている人もいると思います。
でもね。
相手の感情を理解することと、相手の感情を自分が背負うことは、同じではないんですよね。
ここを分けて考えることが、とてもたいせつなのだと思います。
「自分は自分、相手は相手」という境界線
人の感情を受け取りすぎてしまうと、
「相手が怒っているのは、わたしのせいかな?」
「相手が不機嫌なのは、何かわたしが悪かったのかな?」
「この人がつらいなら、わたしが何とかしなくちゃ」
そんなふうに、自分と相手の境目が分からなくなってしまうことがあります。
でも、ほんとうは、
自分は自分。
相手は相手。
相手には相手の感情があって。
自分には自分の感情がある。
相手が怒っているからといって、自分まで怒らなくていい。
相手が不安だからといって、自分まで不安にならなくていい。
相手が悲しいからといって、その悲しみを全部自分が抱えなくてもいい。
それは、冷たいことではありません。
むしろ、自分と相手をたいせつにするために必要な境界線なのかもしれません。
境界線を引くことは、言葉で言うほど簡単ではない
「相手と自分を分ければいい」
頭では分かっていても、実際には難しいですよね。
長い間、人の気持ちを優先してきた人ほど、
「相手が嫌な気持ちにならないように」
「場の空気を悪くしないように」
「誰かが困らないように」
と、無意識に動いてしまうことがあります。
だから、
「今日から境界線を引こう」
と思ったからといって、すぐにできるようになるものでもありません。
すこしずつでいいのだと思います。
まずは、
「これはわたしの感情かな?」
と、自分に問いかけてみる。
悲しいのはわたし?
それとも、相手が悲しんでいるからわたしも悲しくなっている?
不安なのはわたし?
それとも、相手の不安を感じ取っている?
そんなふうに、一度立ち止まってみるだけでもいいんです。
自分の軸を持つということ
人の感情を受け取りすぎてしまうと、自分がどう感じているのか分からなくなることがあります。
相手がどう思うか。
相手がどう感じるか。
相手にとって心地よいか。
いつもそこを考えているから、自分の気持ちを確認する時間がなくなってしまう。
だからこそ、
「わたしはどうしたい?」
「わたしはどう感じている?」
「今のわたしは心地よい?」
と、自分に問いかける時間を持つことがたいせつなのだと思います。
誰かの気持ちを優先する前に、まず、自分の気持ちを確認する。
それが、自分の軸をすこしずつ取り戻すことにつながっていくのかもしれません。
こころの境界線をつくるために、からだの軸もたいせつに
自分の軸を持つことは、こころだけの話ではないとわたしは感じています。
からだがぐらぐらしているとき。
足元が不安定なとき。
からだに力が入りすぎているとき。
なんとなく、自分の中心も分かりにくくなることがあります。
だから、ときにはからだを使って、自分の中心を感じる時間をつくってみる。
バランスをとるような遊具で遊んでみる。
汗をかくくらい、からだを動かしてみる。
ゆっくり散歩する。
走ってみる。
「今、自分の足で立っている」
そんな感覚を感じてみる。
難しいことをしなくても大丈夫です。
からだを動かすことで、自分の内側に意識を戻すきっかけになることがあります。
それでも動く気力がないときは、まずやすむ
ただ、いつでもからだを動かせばいいわけではありません。
人の感情をたくさん受け取りすぎて、
「もう何もしたくない」
「動く気力すらない」
そんな状態になっていることもあると思います。
そんなときは、無理に動こうとしなくても大丈夫。
まずはやすむ。
眠る。
ひとりで静かに過ごす。
温かいものを飲む。
何もしない時間をつくる。
動くためのエネルギーが残っていないのなら、まずは充電することを優先していいんです。
やすむことも、自分を守るためのたいせつな選択です。
人の感情を感じ取れるあなたへ
共感力や感受性が豊かなことは、あなたの素敵な力です。
人の痛みに気づける。
ちいさな変化を感じ取れる。
誰かが困っていることに気づける。
その力があるからこそ、周りの人に安心感を与えていることもあると思います。
だから、その力をなくす必要はありません。
ただ、全部受け取らなくてもいい。
相手の感情を「分かる」ことと、「自分のものにする」ことは違います。
「悲しいんだね」
「怒っているんだね」
「不安なんだね」
そうやって相手の感情を、その人のものとして見つめる。
そして、
「わたしは今、どう感じている?」
と、自分のところに戻ってくる。
その繰り返しが、自分と相手の間にやさしい境界線をつくっていくのかもしれません。
自分を守ることは、誰かを突き放すことではない
境界線を引くと、
「冷たい人になってしまうんじゃないか」
と心配になる人もいるかもしれません。
でも、自分を守ることは、誰かを突き放すことではありません。
相手には相手の人生があって。
自分には自分の人生がある。
それぞれの感情や選択を尊重しながら、自分自身もたいせつにする。
その距離感があるからこそ、無理なく人と関わることができることもあります。
誰かの機嫌を良くするために、自分を犠牲にしなくていい。
誰かの不安を消すために、自分まで不安にならなくていい。
誰かの感情を全部背負わなくていい。
自分は自分。
相手は相手。
それぞれの場所に戻っていく。
それだけでも、こころの負担がすこし軽くなることがあります。
今日からできる、小さなセルフケア
もし「人の感情を受け取りすぎて疲れてしまう」と感じるなら、まずはちいさなことから。
「これはわたしの感情かな?」と問いかける。
深く息を吐いて、自分のからだを感じる。
足の裏で地面を感じる。
散歩をする。
汗をかく。
ひとりになる時間をつくる。
疲れている日は、何もしない。
そして、
「わたしはどうしたい?」
と、自分に聞いてあげる。
それだけでも十分です。
人の気持ちをたいせつにできるあなたが、自分の気持ちも同じようにたいせつにできるように。
相手の感情を感じ取る力を持ちながら、自分の人生は、自分の足で歩いていく。
そんなふうに、自分の軸をすこしずつ取り戻していけたらいいですね。
そして、もし今、動く気力さえないのなら。
まずは、動かなくて大丈夫。
自分の内側に戻ってくるために、
「やすむこと」
から始めてみてくださいね🌿
さいごまでお読みいただき、ありがとうございます。

