【反抗期のこどもとの喧嘩】親も冷静になれないときがある|子育てに疲れたこころを整える時間/石狩市

反抗期のこどもとの喧嘩。冷静になれないもわたし、ひとりの人間だった
先日、こどもと大きな喧嘩をしました。
普段なら、
「できるだけ冷静に話そう」
「こどもの気持ちを聴こう」
そんなふうに思っているわたしですが、その日はどうしても気持ちを抑えられませんでした。
話を聴いてもらえない。
馬鹿にされているように感じる態度をとられる。
何度伝えても伝わらない。
そんなことが重なって、気づいたら頭に血が上っていました。
「親だから冷静でいなきゃ」と思うほど苦しくなる
親だから、こどもよりおとなでいなければ。
親だから、感情的になってはいけない。
そう思うことがありますよね。
もちろん、こどもに感情をぶつけないことはたいせつです。
でも、親だってひとりの人間。
傷つくこともあるし、腹が立つこともある。
何度言っても聞いてもらえなかったり、強い言葉を向けられたりすると、こころがいっぱいになってしまうこともあります。
あの日のわたしは、まさにそんな状態でした。
「どうしてもわかってほしい」が、わたしを離れられなくした
今振り返ると、あのとき一番強かったのは、
「どうしてもわかってほしい」
という気持ちだったのだと思います。
わたしが何を伝えたいのか。
どうしてそんなことを言うのか。
どうしてそんな態度をとるのか。
ちゃんとわかってほしい。
だから、その場を離れられませんでした。
でも、頭に血が上っているときに、いくら言葉を重ねても、きっとお互いのこころには届きにくい。
ほんとうは、もっと早く離れればよかった。
そう思いました。
こどもと離れて、ひとりになる時間をつくった
その日は、下のこどもたちを連れて、見たがっていた映画へ。
こどもたちが映画を観ている間、わたしはひとりでカフェに入りました。
コーヒーを飲みながら、すこしずつ気持ちを落ち着けていきました。
そのあと、海を眺めながら、こどもとのやり取りを振り返りました。
言ってしまった言葉。
こどもの表情。
自分の感情。
そして、後悔。
「なんであんな言い方をしたんだろう」
「もっと違う伝え方があったんじゃないか」
そんなことを、何度も考えました。
自分の育て方まで否定したくなってしまう
こどもとの喧嘩のあとって、不思議ですよね。
ひとつの出来事だったはずなのに、
「わたしの育て方が悪かったのかな」
「もっと違う接し方をしていればよかった」
「わたしは親としてダメなんじゃないか」
と、どんどん過去まで遡って、自分自身を責めたくなってしまう。
わたしも、自分の考えや気持ちを否定されながら育ってきた経験があります。
だからこそ、
「こどもには同じ思いをさせたくない」
と思っていました。
それなのに、自分もこどもの気持ちを否定するような言葉を使ってしまった。
そのことが、とても苦しかった。
でも、「気づくこと」が次につながるのかもしれない
今回のことで、わたしは自分の中にあるものに気づきました。
わたしは、こどもに言うことを聞いてほしかっただけではなかった。
ほんとうは、
「わたしの気持ちもわかってほしい」
「わたしのこともたいせつにしてほしい」
そんな気持ちがあったのだと思います。
そして、こどもにもきっと、
「僕の気持ちもわかってほしい」
という思いがある。
どちらも、自分の気持ちをわかってほしかった。
そう考えると、すこしだけ見える景色が変わりました。
親子喧嘩のあとに、すぐ答えを出さなくてもいい
こどもとの関係で何かあったとき、
「すぐに仲直りしなきゃ」
「ちゃんと話し合わなきゃ」
と思ってしまうことがあります。
でも、こころが落ち着いていないときは、すこし離れてもいい。
ひとりになる。
深呼吸する。
温かいものを飲む。
散歩する。
こどもと別の空間で過ごす。
そんな時間を挟んでから、もう一度考える。
それだけでも、言葉の選び方は変わるかもしれません。
「離れること」は、こどもを見捨てることではない
わたしは今回、こどもとすこし離れることも、親子関係を守るために必要なことなんだ
と感じました。
感情が大きくなったときに、その場から離れる。
それは逃げることではありません。
こどもを嫌いになることでもありません。
むしろ、
「これ以上お互いを傷つけないために、今は離れよう」
という選択なのだと思います。
親にも、こころを落ち着けるための時間が必要です。
完璧な親じゃなくても、関係はつくり直せる
今回のことを思い返すと、今でも胸が痛くなる言葉があります。
申し訳なかったなと思う気持ちもあります。
でも、ずっと自分を責め続けても、何も変わりません。
だったら、落ち着いた自分で、
「さっきは言いすぎたね。ごめんね」
と伝える。
そして、
「わたしはこう感じていたんだ」
と、自分の気持ちもすこしずつ伝えてみる。
親子だからこそ、うまくいかない日があってもいい。
間違えたら、またやり直せばいい。
そんなふうに思えるようになりました。
子育ては、こどもだけを育てることではない
こどもが成長していくように、親であるわたしも成長していく。
こどもとの喧嘩を通して、自分の感情や過去の経験に気づくこともある。
「わたしは本当はどうしたかったんだろう」
「何が悲しかったんだろう」
「何をわかってほしかったんだろう」
そうやって自分の心を見つめることも、子育ての一部なのかもしれません。
そして、自分を責めるのではなく、
「今日は大変だったね」
と、自分自身にも声をかけてあげる。
それもまた、自分をたいせつにするということなのだと思います。
こどもとの喧嘩で疲れたときは、自分にも優しく
親だって、感情的になることがあります。
言いすぎてしまうこともあります。
後悔することもあります。
それでも、一度の喧嘩ですべてが決まるわけではありません。
今日うまくできなかったなら、明日またすこし違う関わり方を選べばいい。
こどもとの関係も、自分自身との関係も、すこしずつつくり直していけばいい。
あの日、ひとりで海を眺めながら、そんなことを考えていました。
「もっとちゃんとしたお母さんにならなきゃ」ではなく、
「わたしも、こどもも、すこしずつでいい」
そんなふうに思える自分でいたい。
こどもをたいせつにするためにも、まずは自分のこころがいっぱいになったときに、ちゃんと気づいてあげる。
離れて、やすんで、落ち着いて。
そしてまた、こどものところへ戻っていく。
そんな子育ても、あっていいのだと思います🌿
さいごまでお読みいただき、ありがとうございます。

