石狩市の女性サロンTsumugu|がんばりすぎているときこそ「やすむ」ことをたいせつに

がんばりすぎているときこそ「やすむ」ことをたいせつに
「がんばらなきゃ」
「わたしがやらなきゃ」
そんなふうに思いながら、毎日を動いていることはありませんか?
家族のこと、仕事のこと、家事のこと。
やることは次から次へと出てきて、気づけば「どうしたらできるか」「次は何をしようか」と、動くことばかりを考えている。
そんな毎日を過ごしていると、知らないうちに、見えているものばかりに意識が向いてしまうことがあります。
今回は、そんな「がんばりすぎているとき」に、こころとからだに起こることについて、すこしお話ししてみたいと思います。
「がんばらなきゃ」が続くと、からだにも力が入りやすくなる
「まだできる」
「わたしがやらなきゃ」
そう思って動いているとき。
からだも一緒に、がんばるモードになっているように感じることがあります。
肩に力が入っている。
歯を食いしばっている。
呼吸が浅くなっているように感じる。
気づいたときには、からだの力がなかなか抜けない。
すると、首や肩まわりなどの筋肉が張っているように感じたり、腰まわりのつらさが気になったりすることもあります。
もちろん、肩こりや腰のつらさには、姿勢やからだの使い方、生活習慣など、さまざまな要因があります。
だから「がんばりすぎているから肩がこる」と一つの理由に決めつけることはできません。
ただ、
「最近、ずっと力が入っていたかもしれない」
と、自分のからだに気づくきっかけになることはあるのかもしれません。
がんばりすぎていると、目の前の「結果」だけを受け取りやすくなる
これは、からだだけではなく、こころにもあるように思います。
たとえば、こどもが牛乳をこぼしたとき。
目の前にあるのは、
「牛乳がこぼれた」
という出来事。
忙しくて余裕がないと、
「なんでこぼすの?」
「ちゃんと見てよ」
と、その結果だけを受け取ってしまうことがあります。
でも、すこし立ち止まってみると、
「自分でやってみようと、がんばったのかもしれない」
そんなふうに見ることもできます。
もちろん、こぼしたものは片づけなくてはいけないし、危ないことがあれば伝える必要もあります。
でも、その出来事の「結果」だけではなく、その前にあったこどもの気持ちにも目を向けられると、見え方がすこし変わることがあります。
言葉の裏側にある「気持ち」に気づけるとき
もうひとつ、こんなことも。
旦那さんから、
「もう、寝たら?」
と言われたとします。
余裕がないときには、
「早く寝ろってこと?」
「わたしに何もするなってこと?」
そんなふうに受け取ってしまうこともあるかもしれません。
でも、その言葉の裏には、
「疲れていそうだから心配」
「今日はもうやすんだほうがいいんじゃない?」
そんな気持ちが隠れている可能性もあります。
もちろん、実際にどういう意図で言ったのかは、本人にしかわかりません。
だからこそ、すべてを「きっとこういう気持ちだ」と決めつける必要もありません。
ただ、
「この言葉の裏には、ほかの気持ちもあるのかもしれない」
と、すこしだけ余白を持って受け取れるときもあります。
こころとからだに余裕があると、見えるものが変わることも
同じ出来事でも、自分の状態によって受け取り方が違うことがあります。
忙しいとき。
疲れているとき。
やることがたくさんあるとき。
目の前のことで精一杯になってしまう。
でも、すこしやすんだあとや、こころに余裕があるときには、
「もしかしたら、こういうことだったのかな」
と、別の角度から考えられることもあります。
それは、相手のことをいつも理解しなければいけない、ということではありません。
自分が我慢して、何でも受け入れましょうという話でもありません。
ただ、自分のこころにすこし余白があることで、ひとつの出来事を、別の角度から眺められることがある。
そんなこともあるのだと思います。
「わたしがやらなきゃ」が強くなったら、一度立ち止まってみる
もし、
「わたしがやらなきゃ」
「まだがんばらなきゃ」
と、ずっと動き続けていることに気づいたら。
一度、立ち止まってみてもいいのかもしれません。
肩の力を抜いてみる。
ゆっくり息を吐いてみる。
温かい飲み物を飲む。
何もしない時間をつくる。
すこし横になる。
ほんの数分でも、自分のための時間をつくってみる。
「やすむ時間まで、ちゃんと作らなきゃ」
とがんばらなくても大丈夫。
できることから、すこしずつ。
女性は「動くこと」だけで頑がんばなくていい
家事をする。
仕事をする。
こどものことをする。
家族の予定を考える。
誰かのために動く。
こうした「目に見えるがんばり」は、周りからも気づいてもらいやすいものです。
でも、やすむこと。
何もしないこと。
ぼーっとすること。
自分のからだを感じること。
これは、一見すると「何もしていない」ように見えるかもしれません。
けれど、毎日をがんばっている女性にとっては、そんな時間もとてもたいせつなのではないでしょうか。
「何もしない=さぼっている」
ではなく、
「今の自分をやすませている」
そんなふうに考えてみてもいい。
「やすむこと」は、自分をたいせつにすること
がんばることが悪いわけではありません。
誰かのために動けることも、家族を想うことも、とても素敵なこと。
ただ、そのがんばりの中に、
「自分のためにやすむ時間」
も入れてあげたい。
からだに力が入りっぱなしになっていないかな。
今、呼吸はどんな感じかな。
本当は、すこしやすみたいと思っていないかな。
そんなちいさなことに気づくところからでもいいのだと思います。
石狩市の女性サロンTsumuguがたいせつにしていること
Tsumuguでは、「もっとがんばるために、からだを整える」ということだけではなく、
忙しい毎日の中で、自分のからだやこころに目を向ける時間をたいせつにしています。
「最近、ちょっと力が入っていたかも」
「自分のことを後回しにしていたかも」
そんなちいさな気づきもたいせつにしながら。
誰かのためにがんばる毎日の中に、「自分のために、立ち止まる時間」を。
からだをゆるめることも。
やすむことも。
自分をたいせつにすることも。
目立たないけれど、毎日をつむいでいくためのたいせつな時間なのかもしれません🌿
石狩市の女性サロンTsumuguでは、こころとからだの土台を整えながら、自分らしい毎日を一緒につむいでいきます🤲
さいごまでお読みいただき、ありがとうございます。

