がんばりすぎる人ほどやすめない?自分の限界に気づいてこころとからだを整える方法 | 石狩市Tsumugu

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自分の限界に気づいてこころとからだを整える方法

「まだがんばれる」

そう思って、今日も動いていませんか?

家族のこと、仕事のこと、これからの予定。

やるべきことを一つずつこなしているうちに、気がつけば一日が終わっている。

疲れているはずなのに、

「これくらい普通」
「もうすこしだけ」
「ここまで終わらせてからやすもう」

と、なかなかやすめない。

そんな方は、もしかすると「がんばること」がとても上手な人なのかもしれません。

がんばれる量は、人によって違う

人によって、がんばれる量も、がんばり方も、がんばる方向も違います。

だから、本当は誰かと比べることはできません。

同じ仕事をしていても、同じ家事をしていても、同じ子育てをしていても、それぞれのからだやこころの状態、置かれている環境によって負担の大きさは違います。

「わたしはこれくらいできるから、あなたもできるはず」

とも言えないし、

「あの人はがんばっているから、わたしももっとがんばらなくちゃ」

と比べる必要もありません。

たいせつなのは、自分にとって今、どのくらいのがんばりがちょうどいいのかということです。

がんばりすぎる人は、からだだけでなく頭もずっと動いている

がんばれる人を見ていると、からだをたくさん動かしているだけではないことがあります。

実は、頭の中もずっと動いている。

「次はこれをしなきゃ」

「明日はこれがあるから、今日のうちに準備しておこう」

「この人には、こう伝えたほうがいいかな」

「もしこうなったら、そのときはこうしよう」

そんなふうに、先のことまで考えながら行動しています。

本人にとっては、それが当たり前。

だから、

「わたし、そんなにがんばっているかな?」

と思うこともあります。

でも、周りから見ると、

「ずっと動いているよ」

「すこしやすんだほうがいいんじゃない?」

と感じることもあるのです。

「まだがんばれる」が、やすめない理由になる

がんばれる人ほど、自分の限界に気づきにくいことがあります。

「まだ動ける」

「これくらいならできる」

「ここまで終わらせなきゃ」

そうやって、できるところまでやろうとする。

そして、「できてしまう」からこそ、やすむタイミングを逃してしまうことがあります。

本当は疲れているのに、

「もっと大変な人もいるから」

「これくらいでやすむなんて」

と、自分の疲れをちいさく扱ってしまうことも。

でも、疲れを感じることは、弱さではありません。

それは、今の自分の状態を教えてくれているたいせつなサインのひとつです。

「がんばりすぎじゃない?」と言われたら

そんなとき、近くにいるたいせつな人から、

「ちょっとがんばりすぎじゃない?」

と言われることがあります。

がんばれる人ほど、

「まだ大丈夫だよ」

「これくらい普通だよ」

「まだがんばれるから」

と返したくなるかもしれません。

でも、その言葉を聞いたときには、ほんのすこし立ち止まってみてもいいのかもしれません。

「そう見えているんだな」

「もしかしたら、すこし疲れているのかもしれない」

「じゃあ、今日はすこしやすもうかな」

と。

自分では見えなくなっているものを、近くにいる人が見てくれていることもあります。

やすむことは、がんばれないことではない

「やすむ」と聞くと、

「何もできない」

「怠けている」

「がんばれない」

そんなイメージを持つ方もいるかもしれません。

でも、やすむことは、がんばることの反対ではありません。

これからも自分の力をたいせつに使っていくために、いったん立ち止まること。

それも、自分をたいせつにするための大事な選択です。

ずっとアクセルを踏み続けていたら、車だってどこかで止まってしまいます。

人の身体も同じように、動く時間とやすむ時間の両方が必要です。

がんばれる自分を否定しなくていい

ここでたいせつなのは、

「がんばりすぎる自分を変えなきゃ」

と思わなくていい、ということ。

あなたががんばれることには、きっと理由があります。

責任感がある。

先のことを考えられる。

誰かのために動ける。

困っている人に気づける。

最後までやり遂げようとする。

それは、あなたが持っている素敵な力です。

だから、その力をなくす必要はありません。

ただ、

「がんばれるわたし」と「やすめるわたし」の両方を持っておく。

それが、自分の力を長く大切に使っていくためには必要なのかもしれません。

「まだがんばれる」ではなく「今日はやすもう」を選ぶ

もし今、

「ちょっと疲れているかもしれない」

と感じているなら。

今日は何かを諦めるのではなく、

「今日はここまで」

と区切ってみる。

予定を一つ減らしてみる。

誰かにお願いしてみる。

すこし早く眠る。

何もしない時間をつくる。

そんなちいさなやすみ方でもいいのです。

そして、もしたいせつな人から

「すこしやすんだら?」

と言われたら。

いつものように「まだ大丈夫」と返すのではなく、

「そうだね。すこしやすもうかな」

と、受け取ってみる。

それも、自分をたいせつにする練習になるかもしれません。

こころとからだの声に気づく時間を

Tsumuguでは、がんばることをやめることをお伝えしたいわけではありません。

がんばってきた女性が、自分のこころとからだの状態に気づき、

「今のわたしには、何が必要なんだろう?」

と考えられることをたいせつにしています。

いつも家族を優先している人。

仕事のことを先回りして考えている人。

「わたしがやらなきゃ」と思いやすい人。

がんばることが当たり前になっている人。

そんな方ほど、ときどき自分に問いかけてみてください。

「まだがんばれる?」ではなく、「今のわたしは、やすんだほうが心地よく過ごせる?」

と。

がんばれる自分も、やすむ自分も、どちらもあなたです。

「もっとがんばれるわたし」だけをたいせつにするのではなく、

「今日はもうやすもう」

と言える自分も、同じようにたいせつにしてあげてください。

あなたをたいせつに思ってくれる人の「すこしやすんだら?」という言葉も、今日はすこし素直に受け取ってみませんか。

さいごまでお読みいただき、ありがとうございます。

ABOUT ME
mumi
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理学療法士
“なんでも自分でやらなきゃ!”と無理に笑って、がんばりすぎて、きづけばこころもからだも限界に…。ささいなことにも、すぐいらいらしてしまっていた。“ほんとは笑顔でこどもたちと過ごしたい”。その想いから、無理する自分をすこしづつ解放し、楽に、心地よく、自分らしく生きることをたいせつにしてきた。こころとからだの土台を整えて、こころからのやさしい笑顔でいられる自分になる。自分を好きになるために、こころとからだの声に耳を傾け、心地いい自分でいられるためにたいせつな想いをブログに紡いでいく。
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