子育て中も「好き・知りたい」をたいせつに|おとなの学びと自分らしく生きる時間 | 石狩市Tsumugu

おとなの学びと自分らしく生きる時間
こどもと一緒に過ごしていると、
「これ、なんだろう?」
「もっと知りたい!」
「やってみたい!」
そんなちいさな好奇心に出会うことがあります。
わが家のこどもたちは、石を拾うことが好きです。
川や海に行くと、気になる石を見つけては拾ってきます。
最初はただ「石が好き」というところから始まったのですが、そこからすこしずつ興味が広がっていきました。
「この石はなんていう名前なんだろう?」
「どこに行ったら、こういう石が見つかるんだろう?」
「この地域には、どんな鉱物があるんだろう?」
そんなふうに、自分たちで調べるようになっていったのです。
こどもの「好き」は、どんどん学びに変わっていく
わが家では、こどもが興味を持って「図鑑がほしい」「このことをもっと知りたい」と言ったときには、できるだけ本を買うようにしています。
図鑑や本を買ったら、それで終わりではありません。
気になったことを調べて、知らない言葉が出てきたら、また調べて。
上の子が本を読んで、まだ漢字が読めない下の子に教えることもあります。
そして下の子から、
「じゃあ、これはどうして?」
と新しい疑問が出てくる。
すると、また調べる。
そうやって、ひとつの「好き」から、知識や興味がどんどん広がっていきます。
その姿を見ていると、
「好き」って、こんなにも人を動かす力があるんだな
と感じます。
おとなになると「やりたいこと」を後回しにしてしまう
でも、ふと考えてみると。
おとなになると、いつの間にか自分の「好き」や「知りたい」を後回しにしてしまうことがあります。
特に子育て中は、
「こどもがいるから」
「今は時間がないから」
「家族のことを優先しないと」
そんなふうに、自分のやりたいことを諦める理由がたくさん出てきます。
わたし自身も、こどもが生まれてからしばらくは、自分の学びを深める時間をなかなか持てませんでした。
あの頃は、本当に余裕がなかった。
だから、
「もっと勉強すればよかった」
「どうしてやらなかったんだろう」
と、過去の自分を責めたいわけではありません。
そのときのわたしには、それが精一杯だったのだと思います。
「人のからだに触れる仕事をしているけれど、これで十分なのかな?」
それでも、こころのどこかにはずっと残っていた感覚がありました。
わたしは、人のからだに触れる仕事をしています。
理学療法士としてからだを見てきた経験もあります。
でも、
「わたしは、本当にこれで十分なのかな?」
という気持ちが、どこかにあったのです。
もっと知りたい。
もっと深めたい。
からだのことだけではなく、人そのものをもっと知りたい。
そんな気持ちがすこしずつ大きくなってきました。
今は、からだのことだけではなく、東洋医学や数秘など、さまざまな角度から「その人らしく生きること」を学んでいます。
そして最近は、
「もっと知りたい」
「学びたい」
と思った自分の気持ちを、以前よりたいせつにできるようになってきました。
おとなにも「知りたい」「やってみたい」がある
こどもたちを見ていると、興味を持ったら調べる。
分からなかったら聞く。
もっと知りたくなったら本を読む。
そして、また新しいことに興味を持つ。
そんな自然な学び方をしています。
おとなになると、つい
「今さら勉強しても……」
「もう時間がないし」
「子育てが落ち着いてから」
と、先延ばしにしてしまうことがあります。
でも、「好き」や「知りたい」という気持ちは、年齢に関係なく持っていていいものですよね。
今すぐ大きなことを始めなくてもいい。
本を一冊読むことでもいい。
気になっていたことをすこし調べてみることでもいい。
昔やってみたかったことを、もう一度思い出してみることでもいい。
ほんのすこしずつでも、自分の「知りたい」に時間を渡してあげる。
それだけでも、自分の中にある何かが動き始めることがあります。
「わくわくすること」は、自分を知るきっかけになる
Tsumuguでは、「自分らしく生きる」ということをたいせつにしています。
自分らしさというと、
「わたしは何がしたいんだろう?」
「本当の自分ってどんな人?」
と、大きな答えを探したくなるかもしれません。
でも、もっとちいさなところからでもいいと思うのです。
「これ、ちょっと気になる」
「なんだか楽しそう」
「もっと知ってみたい」
「本当は、これをやってみたかった」
そんな気持ちに気づくこと。
それも、自分を知るたいせつな一歩です。
誰かに求められている自分ではなく、
「わたしはどう感じている?」
「わたしは何にこころが動く?」
と、自分の内側にすこしずつ意識を向けていく。
そうすると、自分の軸もすこしずつ見えてくるのではないでしょうか。
好奇心を持ち続けることは、こころやからだにもつながっている
新しいことを知ったり、興味のあることを調べたり、何かに夢中になったり。
そんな「知的な刺激」や「好奇心を持つ時間」は、日々の中でこころを動かすきっかけになります。
もちろん、いつも前向きに学ばなければいけないわけではありません。
やすむこともたいせつです。
何もしない時間も必要です。
だからこそ、
「がんばって学ばなきゃ」ではなく、「ちょっと知りたいからやってみよう」
くらいでいい。
自分がこころから興味を持てることに触れる時間は、忙しい毎日の中で、自分自身に戻る時間にもなるのだと思います。
こどもに「好き」をたいせつにしてほしいなら、まずおとなから
こどもたちには、
「好きなことをたいせつにしてね」
「やりたいことがあったらやってみよう」
と伝えたい。
でも、それを言葉だけで伝えるのではなく、おとなも自分の「好き」をたいせつにしている姿を見せられたら、それも素敵だなと思います。
お母さんが楽しそうに本を読んでいる。
お父さんが好きなことを調べている。
おとなになってから新しいことを学んでいる。
そんな姿を見ていたら、
「おとなになっても、好きなことを続けていいんだ」
「分からないことは、調べていいんだ」
「やってみたいと思ったら、やってみていいんだ」
そんなふうに感じてもらえるかもしれません。
子育て中だからこそ、自分の「好き」も置いていかない
子育て中は、どうしてもこどもや家族が中心になります。
自分のことを後回しにする時期があってもいい。
今は何もできない、という時期があってもいい。
でも、もしこころのどこかに、
「本当は、もっと知りたい」
「また勉強してみたい」
「昔やりたかったことを、もう一度やってみたい」
そんな気持ちがあるのなら。
その気持ちを、
「今は無理」
と、すぐに消してしまわなくてもいいのかもしれません。
すぐに始められなくてもいい。
いつかできるようになったときのために、こころの片隅に置いておく。
そして、できる日が来たら、すこしずつ始めてみる。
それで十分です。
あなたの中にある「好き」を、もう一度思い出してみませんか?
こどもたちの「好き」をたいせつにするように。
わたしたちおとなも、自分の中にある
「好き」
「知りたい」
「やってみたい」
を、もうすこしたいせつにしてあげてもいいのだと思います。
忙しい毎日の中では、自分の気持ちに気づくことさえ難しいことがあります。
だからこそ、ほんのすこし立ち止まって、
「わたしは、本当は何にわくわくするんだろう?」
と、自分に聞いてみる。
それは、自分らしく生きるためのちいさな一歩になるかもしれません。
Tsumuguは、もっとがんばるための場所ではなく、
がんばってきた女性が、すこし力を抜いて、自分自身に戻っていくための場所。
こころとからだの声に耳を傾けながら、
「わたしはどうしたい?」
「本当は何が好き?」
そんな自分の声を、すこしずつ思い出していけたら。
そんな時間を、Tsumuguではたいせつにしています。
こどもの好奇心を見つめながら、わたしたちおとなも、自分の中にある好奇心をたいせつにしていきたいですね。
さいごまでお読みいただき、ありがとうございます。

