やすみたいのにやすめないあなたへ|がんばりすぎたこころとからだが出すサインとは/石狩

がんばりすぎたこころとからだが出すサインとは
「やすみたいのに、やすめない」
そんなふうに感じる日、ありませんか?
ほんとうは疲れているはずなのに、頭のなかでは
「まだ大丈夫」
「もうすこしがんばらなきゃ」と声がして、気づけば今日も動き続けている。
それは、あなたがやすむことを否定しているのかもしれない。
ここまでずっと、必死に生きてきた証なのかもしれません🌿
ひとは無意識に「元に戻ろう」とする
こころもからだも、実はとても正直です。
ひとは気づかないうちに、「慣れている状態」に戻ろうとします。
同じ考え方
同じ姿勢
同じ力の入れ方
それは、慣れているほうが楽だから。
だから、変わろうと決めて行動を始めても、気づけばまた同じ思考や、同じからだの使い方に戻っていることがあるんです。
それは失敗ではなく、自然な反応。
ここで自分を責めなくていいんですよ🌱
身体の不調は「止まって」というサインかもしれない
がんばりすぎているときほど、こころやからだのちいさな声は聞こえにくくなります。
「ちょっとやすんで」
「もう無理してるよ」
そんなサインを出していても、動けてしまうと、つい無視してしまう。
でも限界が近づくと、からだは不調という形でブレーキをかけることがあります。
これは心理学や自律神経の研究でも、無理を続けることで心身のバランスが崩れやすくなると示されています。
動けなくなって、はじめて
「あぁ、こんなに疲れてたんだな」
と気づくことも、すくなくありません。
がんばりすぎるひとほど「やすむ」が苦手
不思議なことに、がんばり屋さんほど、やすむのがとても苦手です。
からだは止まっているのに、頭のなかはずっと動いていて、「次にやること」「やらなきゃいけないこと」を探してしまう。
そして動けない自分に、
「こんなんじゃだめだ」
と厳しい言葉を向けてしまうこともあります。
でもね、それだけ、ここまで必死に生きてきたということなんです🌿
いま必要なのは「やすんでいいよ」という許可
やすむことが苦しいときは、
「ちゃんとやすまなきゃ」と思わなくていい。
ただ、そっと
「やすんでいいよ」
「今は止まっていいよ」
と、自分に声をかけてあげてください。
それだけで、こころもからだも、ふっとちからを抜けることがあります🌱
無理に元気にならなくていい。
何かを成し遂げなくてもいい。
やすむことは、前に進むための準備時間
立ち止まることは、後退ではありません。
何もしない時間は、無駄ではありません。
やすむことは、また動き出すための、たいせつな準備時間。
今日は、ただ横になっているだけでもいい。
呼吸を感じているだけでもいい。
それだけで、あなたはちゃんと生きています🕊️
がんばりすぎてきたあなたへ
やすめないほど、がんばってきたあなたへ。
今は、変わるための時期ではなく、整えるための時間なのかもしれません。
焦らなくていい。
誰かと比べなくていい。
あなたは、あなたのペースで大丈夫🌿
こころとからだが「もう一度動きたい」と感じるまで、どうか、やさしく寄り添ってあげてくださいね。
さいごまでお読みいただき、ありがとうございます。

