mumiのつぶやき

がんばりすぎて疲れたときに|「考え方のクセ」と心をゆるめるヒント/石狩

mumiota

なんだか、いつも自分を責めてしまうとき

「ちゃんと考えたはずなのに、うまくいかない」
「あとから考えると、どうしてあんなふうに思ったんだろう…」

 そんなふうに、自分の考え方を責めてしまうこと、ありませんか?

 でもね。
 実はそれ、あなたの努力不足でも、考える力が足りないわけでもないんです。

人は、いつも“完璧に論理的”には考えられない

 この論文が教えてくれているのは、ひとは日常生活のなかで、必ずしも論理的に考えているわけではないということ。

 わたしたちは、そのときの感情や、これまでの経験、「きっとこうだろう」という思い込みをもとに、自然と考えを組み立てています。

 それは、とても人間らしいこと。
 だから、偏りや勘違いが生まれるのも、自然なことなんです。

「考え方のクセ」は、これまでの人生の積み重ね

 わたしたちが無意識に使っている考え方は、これまでの経験や、身につけてきた価値観からできています。

 がんばってきたひとほど、
「こうしなきゃ」
「ちゃんとしていなきゃ」
 という枠組みを、たいせつに抱えてきたのかもしれません。

 だから、とっさに浮かぶ考えがすこし厳しかったり、極端になってしまうこともある。

 それは、あなたが一生懸命生きてきた証でもあります。

「論理的に考える」よりたいせつなこと

 論文では、ただ正しく考えるちからよりも、
「自分の考えに偏りがないかに気づくちから」がたいせつだと伝えています。

・今の考えは、どんな前提から生まれているんだろう
・本当に、そう言い切っていいのかな
・他の見方はないかな

 そんなふうに、一歩立ち止まって見つめ直すこと。

 それを、論文では「論理的認識力」と呼んでいます。

気づくだけで、こころはやわらぐ

 大きく変えなくていい。
 無理にポジティブにならなくていい。

 ただ、「今、わたしはこう考えているんだな」と、気づいてあげるだけでいい。

 考え方に気づけると、不思議と、こころが少しゆるみます。

 「間違ってた」ではなく、「そう考えていたんだね」と受け止められるようになるから。

さいごに

がんばり屋さんほど、
「ちゃんと考えなきゃ」
「正しく判断しなきゃ」
と、自分に厳しくなりがちです。

 でも、完璧に論理的でいる必要はありません。

 たいせつなのは、自分の考えを責めることではなく、やさしく見つめてあげること。

 そうすることで、すこしずつ、自分の軸が戻ってきます🌿

 今日もここまで来たあなたへ。
 そのままで、もう十分がんばっていますよ🕊️

 さいごまでお読みいただき、ありがとうございます。

ABOUT ME
mumi
“なんでも自分でやらなきゃ!”と無理に笑って、がんばりすぎて、きづけばこころもからだも限界に…。ささいなことにも、すぐいらいらしてしまっていた。“ほんとは笑顔でこどもたちと過ごしたい”。その想いから、無理する自分をすこしづつ解放し、楽に、心地よく、自分らしく生きることをたいせつにしてきた。こころとからだの土台を整えて、こころからのやさしい笑顔でいられる自分になる。自分を好きになるために、こころとからだの声に耳を傾け、心地いい自分でいられるためにたいせつな想いをブログに紡いでいく。
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