自分軸で生きるとは?価値観を押し付けてしまう心理と相手軸から抜け出す心の整え方/石狩

自分の価値観を相手に押し付けてしまうのはなぜ?
ふとしたときに、こんな言葉が出てしまうことはありませんか?
「あなたのためにやったのに…」
「喜んでくれると思ったのに」
その言葉の奥には、きっと相手を想う気持ちがあるはずです。
けれど時には、その想いがすれ違ってしまうこともあります。
どうして、こんなことが起こるのでしょうか🫧
「自分がうれしいことを相手にも」という教え
わたしたちはちいさい頃から、
「自分がされて嫌なことはしてはいけないよ」
「自分がされてうれしいことを相手にもしてあげなさい」
そんな言葉を聞いて育つことが多いですよね。
とてもたいせつな考え方です。
けれど、すこしだけ難しいところもあります。
それは自分のうれしいと、相手のうれしいは同じとは限らないということ。
こどもの頃に感じた矛盾
たとえば、わたしはこどもの頃。
言われた通りに、自分なりに考えて手伝いをしたのに、「なんでそうなるの!」と怒られていたことがあります。
やっても親が思っていたことと違うと怒られ、やらなくてももつろん怒られる。
そんな経験が続くと、こどもはどう思うでしょうか。
きっと
「わたしの考え方が間違っているんだ」
「相手の気持ちをちゃんと理解しないと」
そう感じるようになるかもしれません。
相手に合わせることが当たり前になっていく
そうしてすこしずつ、
相手の顔色を見ながら生きることが、当たり前になっていくことがあります。
「これで合っているかな?」
「怒られないかな?」
そうやって、相手に合わせることが増えていく。
その場が穏やかに収まるから、その方法を選ぶようになるんですね🌿
けれどほんとうは、とてもエネルギーを使うことでもあります。
相手軸で生きるとこころは疲れてしまう
相手に合わせることが増えると、いつの間にか相手軸で物事を考えるようになります。
相手がどう思うか
相手がどう感じるか
そればかりを考えていると、「自分はどうしたいのか」その感覚が、すこしずつわからなくなってしまうことがあります。
そして気づかないうちに、相手のささいな表情の変化や態度をくみ取り、自分を責めるような自己否定の感覚が増えてしまうこともあるんですね。
人見知りや緊張もこころの防御反応かもしれない
人前で話すときに、ひとの目が気になって、動機がする。
初対面のひとと話すとき、相手の反応が気になりすぎて疲れてしまう。
そんな経験はありませんか?
それはもしかすると、こころの奥にいる小さな自分が、自分を守ろうとしているのかもしれません。
「これは危険!」
「傷つかないように気をつけよう」
そんなサインとして、人見知りや動機が現れることもあります🫧
自分軸で生きるということ
自分軸で生きるというのは、自分を優先するというよりも、自分と相手を分けて考えられることなのかもしれません。
自分は自分
相手は相手
その間に、やさしい境界線をつくること。
そうすると、相手の感情に振り回されることもすくなくなり、すこしずつこころが軽くなっていきます。
「自分のうれしい」と「相手のうれしい」
ほんとうは、
自分のうれしいも
相手のうれしいも
どちらもたいせつなものです。
同じである必要はありません。
違っていてもいいんです🌱
そうやって、お互いを認め合える関係は、きっととても心地よいものになるはずです。
自分のこころをたいせつにすることから始まる
自分のこころを理解していくと、すこしずつ自分の境界線が見えてきます。
すると、相手に振り回されることも減り、人生をすこしずつ楽しめるようになるかもしれません。
焦らなくて大丈夫です。
自分をたいせつにすることは、周りのひとをたいせつにすることにもつながっていきます🌿
自分のバリアを整える方法は、まずは物理的に外界との境界線である自分の肌を、やさしく丁寧に労わること。
からだを洗う時や、ボディクリームをつける時、やさしく丁寧に触れていくことが、たいせつです。
心理的な境界線を引くことは、自分自身を否定している自分を癒すこと🌿
否定している自分に気づいたときは、からだが疲れているか、こころがいっぱいいっぱいになっているか、自分を責めてしまう原因があるのかもしれません。
そんな自分に、まずは気づくこと。
そして、自分のこころとからだを整える時間を持つことも、たいせつなのかもしれませんね🌱
さいごまでお読みいただき、ありがとうございます。

