吹雪の夜に気づいた「当たり前じゃない日常」|家族と命の話/石狩
〜「無事に帰れる」は、当たり前じゃない〜

真っ白な夜道で、肩にのしかかった「責任」
外がホワイトアウトするほどの吹雪の夜。
車の2メートル先さえ見えなくて、前の車のランプだけを頼りに、ノロノロと進む。
ハザードをつけながら、
「いつ事故が起きてもおかしくない」
そんな緊張が、からだじゅうを包む。
この車には、こどもが乗っている。
家には、まだ帰りを待つこどもがいる。
その事実が、ずしんと肩にのって、「絶対に無事に帰らなきゃ」ただそれだけを、必死に握りしめていた。
頼もしくなった背中に、はっとする瞬間
そんな中、長男が地図を見ながら、言ってくれた。
「今、このあたりだよ」
「もうすぐだよ」
わたしはただ、前を見て、雪山を見て、対向車線にはみ出さないように必死だった。
このときほど、「こどもがこどもじゃなく見えた瞬間」はなかったかもしれない🌱
子育てって、「守る側」だとおもっているけれど、気づかないところで、支えられていることもあるんだよね。
家に着いて、やっと出てきた涙
家に着いて、家にいるこどもの顔を見た瞬間、張りつめていたものが一気にほどけて、膝が抜けた。
出てきたことばは、ただひとつ。
「生きて帰ってこれてよかった」
それだけ。
「いつも通り」は、奇跡の積み重ね
わたしたちは、つい忘れてしまう。
今日も無事に帰れること。
家族の顔を見られること。
明日も同じように朝が来ること。
でもそれは、決して当たり前じゃない。
災害、事故、予期せぬ出来事。
ほんの少し条件が違えば、日常は簡単に揺らいでしまう。
「強い緊張や危機体験のあと、ひとは“今あるものの価値”を強く実感する」と言われています。
怖い出来事はつらいけれど、同時に、たいせつなものを思い出させてくれることもあるんだよね。
がんばりすぎてしまうとき
もし今、
「ちゃんとやらなきゃ」
「私がしっかりしなきゃ」
そうやって肩にちからが入りすぎていたら。
すこしだけ、ちからを抜いていい。
今日も無事に一日が終わったこと。
家族がそこにいること。
それだけで、十分がんばってる🌿
今日も「いつも通り」があることに
怖かった夜だったけれど、命の重さと、家族の存在を、深く感じさせてもらった出来事。
今日もまた、「いつも通り」があることに、感謝したい。
そして、ここまで読んでくれたあなたも。
今日を生き抜いた、それだけで、ほんとうに立派だよ🕊️
さいごまでお読みいただき、ありがとうございます。

