がんばりすぎている女性へ|「あそぶ」と「やすむ」は違うと気づいた日/石狩

mumiota

仕事とあそびだけで、毎日を回していませんか?

 仕事すること、あそぶこと。
 わたしのなかではずっと、日々の生活は
「仕事(職場や家事)」と
「あそび(家族と過ごす時間やおでかけ、やすみ)」
 このふたつに分けられていました。

 あそびのなかに「やすみ」も含まれているような気がしていて、たのしいし、満たされる。
 でも、正直とっても疲れる。

 それでも、
「あそんでいるんだから疲れたなんて言えないよね」
 そんなふうに、気持ちにフタをしていたんです。

「あそぶ」と「やすむ」は、実は別もの

 あるとき、ふと気づきました。
 あそぶことと、やすむことは、同じじゃないのかもしれない、と。

 あそぶためには、体力も気力も使います。
 楽しい時間ほど、集中して、エネルギーをたくさん使う。
 だから、楽しくてもちゃんと疲れるんですよね。

 これは感覚だけの話ではなくて、こころやからだの研究でも、「楽しい活動=回復」ではなく、回復には“刺激のすくない休息”が必要だと言われています。

だからこそ、あそぶためにも「やすみ」が必要

 しっかりやすんでいるとき、からだは回復し、こころは安心し、余白が生まれます。

 その余白があるからこそ、仕事にも向かえるし、あそびも、こころから楽しめる。

 やすみは、がんばれないひとのためのものじゃなくて、人生を愉しむための土台なんですよね🌱

人生には「仕事・あそび・やすみ」の3つがある

 人生には、仕事・あそび・やすみ。
 この3つが必要なのかもしれません。

 どれかひとつを極めるのではなくて、どれもバランスよく。

 そのときどきの自分の、からだとこころに聴きながら、すこしずつ調整していく。

 それが、おとなになってからのやさしい生き方なのかもしれません。

動けるからだは、人生のいちばんの土台

 生きていくために、動けるからだは、ほんとうにたいせつで。

 そのからだをつくるのは、気合いや根性じゃなくて、心地よくいられるこころと、土台を安定させるための「やすみ」。

 やすみの上に、仕事があって、あそびがあって、その先に、人生が広がっていく。

さいごに

 やすむことを後回しにしないで、自分自身をたいせつにする。

 それは、甘えでも逃げでもなく、これからの人生を長く愉しむための、とても誠実な選択です。

 からだとこころの声に、これからも、そっと耳を傾けていきたいですね🌿

 さいごまでお読みいただき、ありがとうございます。

ABOUT ME
mumi
“なんでも自分でやらなきゃ!”と無理に笑って、がんばりすぎて、きづけばこころもからだも限界に…。ささいなことにも、すぐいらいらしてしまっていた。“ほんとは笑顔でこどもたちと過ごしたい”。その想いから、無理する自分をすこしづつ解放し、楽に、心地よく、自分らしく生きることをたいせつにしてきた。こころとからだの土台を整えて、こころからのやさしい笑顔でいられる自分になる。自分を好きになるために、こころとからだの声に耳を傾け、心地いい自分でいられるためにたいせつな想いをブログに紡いでいく。
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